自己表現は「新しい自分」を生む行動
ある者は言う。
「芸術は苦しみから生まれる」と。
痛いほど意味はわかる。
わたしも苦しい時、悲しい時、
心が泣いて辛い時、
「自分が気づいていなかった真実」
に出会うことがあるし
「悟り」を得ることもある。
あとになって
その体験を再び思い出す時、
小説のように事細かに描写できるほど、
強烈で鮮明に
出来事が脳裏で映し出されるものだ。
でも・・・
芸術は「表現」の一つであり、
「表現」は「自由なもの」であるはずだ。
表現に制限なんてなくて、
私の感覚で言うとー
宙に泳いでいるカケラたちをかき集め、
一つのパズルとして組み立てていく作業ー
それが「表現」であって、
それはとても「自由」なものだ。
「選んでいく」のだから。
選び取る自由があるのだから。

絵を描くことに限らない。
音楽の演奏だって、
小説を書くことだって、
自由な心から選び取っていくだけではないか。
だから、
「芸術は苦しみから”も”生まれる」
が適切な定義だと思う。
「トランス状態」になって生まれた表現は、
世界にいくつもあるし、
素晴らしい気持ち、愛、喜び、
到底、言葉では言い表せないほどの
美しさを感じた時などに生まれた「表現」は、
人々の心に感銘を与え、
涙が流れるほどの感動を与える。
強力なポジティブなエネルギーが
宿っているからだ。

「表現そのもの」は決してジャッジしない。
批判したり、評価したり、
賞賛したり、矯正したりもしない。
「ただ表現された」
それが芸術であり、表現ではないか。
表現者から感じ取ったものは、
それぞれの個人の中で「味わっていく」。
フィルターを通し感じるものもあれば、
まったく新しい感覚もあると思う。
だけど、それは「受取者」の捉え方のことだ。
それを味わい、どう感じるかは、
それぞれのことであり、
表現そのものには関係のないこと。
「ただ在る」が表現なのだから。

そういう意味では、
「表現」というのは
創造者の「一部」であり、「分身」であり、
すでに飛び立った「手放されたもの」である、
形のないものなのかもしれない。
いずれにせよ、
1枚の絵は千語にも値するというし、
言葉で説明することは難しく、本当は
言葉で説明する必要のないことだと思う。
「説明する」のはきっと作者にも難しい。
愛の定義がそれぞれあるように。
表現も受取手次第ということだ。
わたしたちは
「自分自身を表現するために生まれてきた」。
「自分自身を表現する」とはどんな意味だろう?
そもそも、「自分自身」ってなんだろう?
そう考える時、自ずと
「本来の自分」に目を向けることになり、
また新しい創造物が生まれていく…∞

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アストロロジー研究所
YUMI KUTSUZAWA(KOBE, JAPAN)



