魂・愛について

【魂の叡智】イヤな記憶をデリート・キーで消すことができたら、あなたは幸せになれるのか?

人生には予想外の坂があるもの。

仮に、もし、
人生の出来事や過去の記憶を
まんま消すことのできる
「デリート・キー」なるものがあり、

消したい記憶を消せたとしても、

その後、
似たような出来事で
同じ感情を抱くことになるだろう

 

なぜなら、
それは「魂の課題」だから。

魂の挑戦ともいえる。

 

 

魂は生まれてくる前に
大まかに人生の概要を決めている。

 

だいたいこのくらいの時に、
こんな感じで、
こんなことを体験しようっと。

場所、人、状況に違いがあったとしても、
あるいはデリート・キーで消した後でさえも、
クリアしていない、
もしくは体験を味わいきっていない限り、
繰り返される

 

魂が決めたことは抗えない領域であり、
人生に必然的にやってくる。

 

それだけではない。

本当は、
予想外でない出来事すらも、
必然的に経験している。

 

理解を遥かに超えた領域のことだ。

 

いくらアンフェアだと憤慨しようとも、
それは「魂の自分が決めたことだ」
と受け入れるしかないし、
受け入れることが唯一の対処であり答え。

 

そうだとすれば、

 

予想外の出来事が起こった時、

あなたが唯一すべきことは、
予想外のことへ驚いた、
動揺した、混乱した、
恐怖・不安などの「反応」ではなく、

どう対応したら私は幸せだろうか?

という「対処」だけだ。

 

人生にまつわるあらゆる出来事が、
「自分が幸せになるように
自分と決めて対処すること」

つまり、
「今、幸せを選んでいくこと」

だけが答えだとしたら、
なんてシンプルなのだろう!

 

 

とはいえ、
そうはいかないのが理性の働きだ。

理性つまりエゴは、
三次元ならではのパッケージ付録で、
しかも、剥がすことはできない。

 

私たちはエゴがありながら、
三次元という世界で
魂の成長を目的に生まれてくることを決めた。

 

エゴはいつもネガティブなことを考えさせる。

それがエゴの仕事なのだ。

 

「うまくいかないかもしれない」
「あの時もダメだった」

などといって、
せっかくあなたが幸せを選ぶ!と決めたとしても、
あなたが幸せを選んでいくことを阻むかもしれない。

何度も。

また別の日にも。

 

けれども、大事なのは、
本当に重要なのは

(ココでいったん手を止めてほしい)

 

 

 

・・・

 

 

「あっネガティブなこと考えてた!
これはエゴの仕業だ。
私にはわかっている。

私はエゴをくつがえすパワーがある。
なぜなら今幸せを選ぶからだ。
わたしは今から幸せになる。
今よりさらに幸せになる。

幸せの選択をし続ける。
どんな選択をしようとも
自分の幸せに向かっているのだから。

自分の幸せにしか繋がっていないのだから」

とグルリと180度方向転換させて、
自分の幸せを自分で勝ち取ること。

 

こういう地味な作業が、
やがて「強さ」として培われていく。

 

精神的なものへの克服は
精神的なものでしか克服できない。

それは他者から与えられるものでも、
外的環境から与えられるものでもない。

 

自分の人生を生きているのは自分なのだから、
自分自身の中で見つけ、掴み取るしかないのだ。

 

Yumi Kutsuzawa