Q&A

Q&A「受け入れることは難しい」?

「過去を受け入れよう」

「自分を受け入れよう」

「真実を受け入れよう」

 

言うのは容易く、
本当に受け入れる人は多くはない。

 

なぜなら、

「受け入れること」よりも
「抵抗すること」の方が簡単に思えるからだ。

 

受け入れることは、
苦痛を伴うこともあるし、
今までの自分が否定されるように
感じることもある。

 

わたしたちは、
きっと長い社会生活の中で、
ある意味で「受け入れ美人」になりもし、
ある意味で「抵抗美人」にもなってきた。

 

世渡り上手になるためにも、
苦痛はなるべく避け、
みんなが通ってきた
誰もが知っている、
「安心」「安全」の道を選ぼうとするのは
当然のことなのだろう。

 

社会に馴染もうとして、
見えない無意識レベルでのバリアを
張ることを覚えた結果なのかもしれない。

 

「受け入れることは難しい」

一見、いや、
一般的にそう考える方が
3次元に生きる人間らしい考えだと思う。

 

抵抗することは、
「自分の主張を通したい」
という正論からくるもの。

たいてい、その気持ちは、
過去に経験した感情と結びついていて、
拭えない・拭たくない、
強い感情が関係していると思う。

 

正論を持つことにより、
自分を安心させ、
未来も安心できると無意識に考えるようだ。

 

 

 

でも、

本当に、

うだろうか?

 

 

 

本当に、

「受け入れることは難しい」のだろうか?

 

 

 

 

 

 

常識を疑うことから、
「真実」は顔を見せてくる。

 

 

「受け入れることは難しい」

というのは、
一つの観念にすぎない

 

その観念を100%信じていれば
受け入れることは難しいと
思っているはずだ。

 

地球での物事は、
相対するものが必ずある。

 

ということは、

「受け入れることは簡単だ

という観念もあるということだ。

 

その観念を100%信じる人にとっては、
「受け入れることは簡単」だ。

 

幸運なことに、
わたしたちには、
観念を選ぶ「自由意思」が与えられている。

 

受け入れることは難しいと思っている限り、
受け入れることは難しいと思う自分がいて、
そう思うような現実が創り出される。

それが心地よいならOK。

変える必要のない観念だと思う。

 

しかし、そうではないはずだ。

 

受け入れることは難しいと思うからこそ、
悩みや痛みが継続し、
意に反して
強化されてしまうのではないだろうか?

 

選ぶ自由があるのに、
苦しい選択をとる必要はどこにもない。

 

変えたいと思ったなら、
今ここから変えることができる。

 

 

受け入れることは容易い。

そう思うことで、
スッと気持ちが引き、ラクになり、
苦しみや悩みは消え去るのではないだろうか?

 

本当は時間軸なんてない。

過去、現在、未来、
すべて「今」しかない。

 

だからこそ、
むしろこういう観念を持った方が
心地がいいと思う。

 

「受け入れた」

 

最初はうまく思えないかもしれない。

でもそれでいい。

 

100%信じられるまで、
自分に言い聞かせればOK。

 

自分にとって心地の悪い観念は改め、
自分にとって心地の良い観念へ
変えていくことができる^^

 

すべては習慣だ。

 

そして、

「真実」は常にシンプルだ。

 

抵抗せず、受け入れてみよう。

 

ただ、
「そっか。それが人生かもね」
と流してみよう。

 

きっと悩みは軽くなる。